<引用元:ワシントン・エグザミナー 2019.8.7>バイロン・ヨーク氏による論説
犯人がトランプに触発された、というのは実際に声明文を読めば作り話だとわかる。
エルパソの大量殺人犯パトリック・クルシウスが書いた声明文は、銃撃がトランプ大統領に触発されたものだという主張の根拠となっている。メディアのコメンテーター、民主党大統領候補者、そしてあらゆる種類のトランプ批判者は殺人事件以来の数日、そう主張してきた。
ニューヨーク・タイムズの、「エルパソ銃乱射容疑者の声明文はトランプの言葉に同調(El Paso Shooting Suspect’s Manifesto Echoes Trump’s Language)」という見出しの記事は、多くの議論を呼んだ。記事では約2,400語の声明文からわずか28語を引用していた。記事はクルシウスが、自身の考え方が「トランプ以前に遡るものだ」と明確に書いていたことを指摘していた。また、「政治的な演説を、どんなに白熱したとしても、冷酷な大量殺人犯に結びつけることは緊張をはらんだ行動だ」と警告した。にもかかわらず同紙は「トランプ氏がそもそも犯人を触発していなければ、彼はかつて米国社会の非主流派に追いやられていた主流の二極化した考えや人々に至っていた」とさえ宣言した。
エルパソ出身のベト・オルーク民主党大統領候補ははるかに無遠慮だった。「私の故郷の22人の人たちは、あなたの人種差別に触発されたテロ行為で死んだ」とオルークは大領領に対してツイートした。
では実際クルシウスは何と書いたのか?タイムズの記事に声明文へのリンクはなく、他のメディアの記事も同様だった。声明文はエルパソ事件の一部であることは明白であるのに、ほとんどの報道機関は、全文へのリンクを張ることでクルシウスが求めたように公開させるべきではないと判断した。そのため文書のわずかな断片だけを含んだ記事が多かった。(ワシントン・エグザミナーも声明文へのリンクをしないことに決めたが、インターネットで容易に見つけることができる。)
だが声明文は、現在の政治的論争の非常に重要な部分になっているため、全体を確認するだけの価値がある。また声明文を読んだ人の持つ印象は、一部の報道とはかなり異なっているのだ。
まず誤解のないようにいうと、声明文は常軌を逸したものだ。その一部では、環境や経済のような一般に議論されている問題を、現在続けられている政治的な会話の範囲内にありふれた形で話題にしていた。――それは実に、ニューヨーク・タイムズを始めとする多くの報道に由来するものであったおそれがある。それ以外の部分は、欧州と米国の極右団体の移民に関する見解が混じっていた。それから、極右翼的で過激な考えの温床(fever swamp)から来る「人種の混合」についての考えを持ち込んでいた。そうして、解決策はヒスパニック移民を殺害することだと結論付け、AK-47かAR-15のどちらがそのために最適かという議論を続けていた。その点までに、クルシウスは現実からも基本的な人間性からも大きく脱線していた。
だが問題は、彼がトランプ大統領に触発されたのか?ということだ。声明文全体を見てそう主張するのは困難だ。
声明文が何らかの兆候であるなら、クルシウスは多くの事を心配していた。彼は確かに移民について心配していたが、自動化についても心配していた。雇用の減少についても。最低所得保障についても。石油の掘削。スプロール現象。流域問題。プラスチック廃棄物。紙のゴミ。テキサスでの民主党支持。学費の借金。リサイクル。医療。持続可能性。・・・などだ。声明文の大部分は単純に何から何まで反トランプ的だ。
クルシウスは声明文の冒頭でブレントン・タラントに対する支持を表明した。3月の、ニュージーランドのクライストチャーチのモスクとイスラムセンターでの襲撃で、51人を殺害し49名を負傷させた男だ。タラントは「大規模な交代(The Great Replacement)」と題した74ページの声明文を書いた。欧州での人口動態の変化について長々と論じたもので、タラントは欧州出身者よりも高い出生率を持つ移民の「侵略」を経験していると述べた。「この大量移民と少子化の危機は、欧州人に対する攻撃であり、対抗しなければ最終的には人種的にも文化的にもヨーロッパ人が取って代わられる結果となるだろう」とタラントは書いた。
タラントが書いたものはクルシウスに大きな影響を与えた。クルシウスの声明文の最初の言葉は、「概して、私はクライストチャーチの銃撃犯とその声明文を支持する」だった。クルシウスは続けて、「この襲撃はテキサスのヒスパニック侵略*への答えだ。・・・私は侵略によってもたらされた文化的で民族的な交代から、単に自分の国を守っている」と書いた。その後クルシウスはヒスパニック移民を「米国のあらゆる民族で最高に近い出生率も持つ侵略者」だとし、「実際、私が『大規模な交代』を読むまでは、ヒスパニックコミュニティは自分のターゲットではなかった」と書いた。
クルシウスがおもにタラントに触発されたことは明らかだ。そのタラントは、2017年に欧州に旅行した時にフランスの人口動態の変化を見て触発されたと述べた。
そうしたことを背景にクルシウスは米国の政治に大きな懸念を示した。歴史上「最大の裏切り」の1つは、「抑制のない企業が米国政府を支配していること」だと彼は書いた。クルシウスは、「こうした企業がもたらした全ての損害について10ページの随筆」を書くことができると述べた。だが、最大の問題は危険な政治的組み合わせだと彼は述べた。「ベビーブーマーの死、ますます反移民が強まる右派のレトリック、そして増加の一途をたどるヒスパニック人口によって、米国はやがて1党独裁国になるだろう」
その1党とはいうまでもなく民主党だ。クルシウスは共和党のことをほとんど利用しなかったが、最近の民主党大統領候補者の討論で見たことに、次のように最も怒っていた。
彼らは検問所のない国境、不法移民に対する無料の医療、市民権などを利用して、大量の新しい有権者を輸入して合法化することで、政治的クーデターを成立させるつもりだ。こうした政策によって、民主党に対するヒスパニックの支持は将来ほとんど全員一致するだろう。テキサスでのヒスパニック人口の増加で、我々は民主党の牙城となる。テキサスと他のヒスパニック人口の多い2,3の州が民主党に屈するだけで、彼らはほぼ全ての大統領選挙で勝利することができる。とはいえ共和党もまたひどい。共和党内の多くの派閥は企業支持だ。企業支持=移民支持。だが共和党内の一部の派閥は、我々の未来より企業を優先しない。つまり、民主党はほぼ一致して移民を支持しており、共和党は分裂している。少なくとも共和党では、大量移民と市民権のプロセスは大きく削減される可能性がある。
それは、確実にドナルド・トランプが大統領候補者として出現する前、長年の間国中に同居する共和党と民主党の両方の戦略の中で、続けられてきた推測の一部をほぼ正確に言い換えたものだ。
クルシウスは移民に関する不安の理由を数多く示した。その中には米国経済における自動化の増加があった。「移民を継続すれば、我々の時代で最大の問題の1つである自動化がさらに悪化するだろう」とクルシウスは書いた。クルシウスは明らかに、今後数年で数多くの米国人の雇用が失われて自動化されるという報告を読んでいた。彼は、「一部の人は再教育されるが・・・大部分はそうならないだろう」と指摘した。
クルシウスは自動化が自分の未来も奪うと感じていた。「未来に向けて自分の人生をずっと準備してきたが、その未来も今は存在しない」「夢だった仕事は自動化されることになるようだ」と彼は書いた。
自動化の脅威とは、米国が「人々が職を失って貧困が蔓延し社会が混乱するのを防ぐために、最低所得保障を導入しなければならなくなる」ことを意味する、とクルシウスは続けた。(クルシウスは最低所得保障(UBI)と職業訓練に関する悲観論への関心を、民主党大統領候補者のアンドリュー・ヤンと共有していた。)クルシウスの考えは、「侵略者」が少なければ政府プログラムの予算が増えることになるというものだった。「国民皆保険やUBIのような野心的な社会プロジェクトは、何千万人もの依存者が除外されれば成功の可能性がはるかに高まるだろう」と彼は書いた。
それから教育、大学の費用、そして雇用市場があった。「学位のための費用はその価値が急落する中で急騰した」とクルシウスは書いた。結果として「借金世代、資格過剰の学生たちは単純で、低賃金な、むなしい仕事に就いている」。高校卒業資格はかつては「何らかの価値」があったが、もうなくなったと彼は述べた。
それから環境だ。米国人は「信じられないほどの」生活の質を味わっているが、「我々のライフスタイルは国の環境を破壊している」とクルシウスは書いた。企業は「臆面もなく資源を過剰に収集」して、環境を破壊していると彼は述べた。
クルシウスは、環境破壊を扱った「The Lorax」というスース博士による子供向けの本から引用した。1971年に出版され、クルシウスが14歳だった2012年には映画化されてヒット作となった。「この現象は数十年前の名作『The Lorax』で鮮やかに描かれている。水が全国で、特に農業地域で減り、枯渇する。新鮮な水は農業と石油掘削作業で汚染されている。消費者文化は何千トンもの不必要なプラスチック廃棄物と電子機器廃棄物を生み出しており、このスピードを落とすのを助けるためのリサイクルはほとんど存在しない」とクルシウスは書いた。
他にもある。「スプロール現象は、何百万エーカーもの土地を不必要に破壊する非効率的な都市を生み出している」とクルシウスは書いた。また「濡れた手を拭くためだけのペーパータオル分の、見当もつかない数の木も利用している」と。
環境への懸念の後、クルシウスは信じられないことに、AK-47対AR-15の話題に移った。それから彼の人種論へ。「人種の混合は遺伝子の多様性を破壊して、アイデンティティの問題を生み出すので反対だ」と彼は書いた。「人種の多様性は人種の混合と大虐殺のどちらが起きても消える。だが非白人の米国人を全員送還したり、殺害するという考えは恐ろしい。少なくとも白人であれば多くがここにいて、国を築くために大きな働きをした」。クルシウスはそれから、米国を人種によって「地域ごとの連合国」に分割することを提案した。
クルシウスは声明文の最後に、自身が3日に実行したとされる襲撃で殺されるだろうと思うと述べた。結局銃撃犯は殺されず、彼は今刑務所に入り、22名の殺害と26名の傷害の罪で訴えられている。彼は自分の行動が、トランプとつながりのあるものだと誤解されるだろうと述べた。
「私の思想は数年間変わっていない。自動化、移民、またその他についての私の意見はトランプと彼の大統領選挙運動より前に遡る。私がここにこう書くのは、襲撃を大統領や特定の大統領候補者のせいにする人がいるだろうからだ。これは事実とは異なる。メディアがおそらく私をとにかく白人至上主義者と呼び、トランプのレトリックのせいにすることはわかっている。メディアはフェイクニュースを出すことで悪名高い。この襲撃に対する彼らの反応が全くそれを裏付けるだろう」とクルシウスは書いた。
声明文でトランプが登場したのはその時だけだった。またクルシウスが、報道機関に対する「フェイクニュース」という描写を、大統領から取り入れたのは明白に思える。だがそれは、トランプ批判者が訴えたことではない。彼らは、トランプに触発されてクルシウスが殺すようになったと主張した。彼らはここ数日のうちに非常に頻繁にそう訴えたので、クルシウスが大統領に触発されたという一般的な認識が固まってしまった。だが声明文を読んでみて欲しい。そういう話はないのだ。
*「侵略」という言葉は、大統領が出馬するずっと前から不法移民に関連して使用されてきた。例えば1990年代にカリフォルニア州は、連邦政府は不法移民の「侵略」から州を守らなかったと主張して、政府を訴えて敗訴した。2010年に、アリゾナ州も同様の「侵略」について連邦政府に挑んだが失敗した。またその言葉は、トランプよりずっと以前に、通常は米国への移民レベルの制限を求める人たちによって、一般的な解説でも使用された。またもっと一般的なケースもあった。移民の息子でルイジアナ州知事のボビー・ジンダルは、2016年にトランプに辛辣な非難を浴びせて自身の大統領選挙活動を終えたが、「同化のない移民は侵略だ」と述べていた。