<引用元:The Nation 2018.12.28>
洗練されたプロパガンダ活動とは程遠く、小規模で、素人くさく、2016年大統領選挙とはほとんど無関係だった
アーロン・マテ著
上院が委託した2つの報告書が公開され、影響を受けやすいアメリカ国民を、ロシアがソーシャルメディア上で翻弄したことについて、新たなパニックが起きている。見出しでは、ロシアのトロールが、アフリカ系アメリカ人の投票を抑制し、緑の党のジル・スタインを後押しし、「スパイ」を雇い、「対立を起こさせ」、あるいは大人のおもちゃの広告とポケモンGOで「2016年大統領選挙を損なう」ことに取り組んだと警鐘を鳴らしている。ワシントン・ポストのデイビッド・イグナティウスは、「調査報告書は、憤り、不信感、また社会不安を造成するために、可能な限り全てのツールを利用しようという、多層の洗練されたロシアの取り組みを詳述しており」、ロシア人が「インターネットのおかげで・・・こうした闇の技術を完成させているようである」と明らかにしている。ニューヨーク・タイムズのミシェル・ゴールドバーグによると、「ロシアのトローリングが容易に差異を生んだ」とき、辛うじて決着のついた2016年大統領選挙で、ロシアの偽情報が「アメリカの歴史の方向を変えた」ようだという見方が、ますます強まっているという。
オックスフォード大学のコンピューターによるプロパガンダ調査プロジェクト( Computational Propaganda Research Project)とニュー・ナレッジ社(New Knowledge)による報告書は実際、ロシアのソーシャルメディア活動をこれまでで最も徹底的に調査している。広範な定性分析に加えて、大量のデータ、グラフ、表によって、著者たちは、2018年2月にロバート・モラー特別検察官が起訴したロシアのクリックベイト(釣り記事)会社である、インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)の制作物を綿密に調査している。あらゆる有意な測定基準に基づくと、導き出された劇的な結論にデータを一致させるのは困難だ。
- 2016年大統領選挙の内容:最も明白なデータポイントは、ロシアのソーシャルメディア活動が2016年の選挙運動に関連したのは、ごくわずかだったということだ。ニュー・ナレッジの報告書では、IRAの内容を「純粋に、決定的に選挙を揺り動かしたかどうかに基づいて」評価することは、「明白に政治的な内容がごく一部であった」ことから、「余りにも狭い焦点である」ことを認めている。正確にいうと、「全体のうち11パーセント」だけがIRAに起因するもので、それに対するユーザーの関与の33パーセントが「選挙に関連していた」。IRAの投稿は、「ツイートのおよそ6パーセント、インスタグラム投稿の18パーセント、そしてフェイスブック投稿の7パーセント」に「トランプやクリントンの名前が挙げられて」おり、「候補者についてのものはわずか」だった。
- 規模:研究者は「(ロシアの)工作の規模は前例のないものだった」と主張するが、その結論の根拠にしているのは疑わしい数字だ。ロシア人の投稿が「フェイスブックの1億2,600万人に到達した」という広く知れ渡った主張を繰り返しているが、実際それは、フェイスブック自体の推定にひねりを加えたものだ。フェイスブックのコリン・ストレッチが2017年10月に議会で証言したのは、「我々が最大限に正確に見積もったところでは、約1億2,600万人の人々が(2015年から2017年の間の)2年間のある時期に、こうした(IRAの)話の1つを提供されていた」というものだった。ストレッチによると、フェイスブックのニュースフィードに表示された、ロシア人と疑われるアカウントによる投稿は、「およそ2万3,000のうち1つ」だった。
- 費用:ロシア人が多数のアメリカ人に影響を及ぼした、という主張を損なう理由には、そのために費やした費用が非常に極小のものだったということもある。オックスフォードは、2015年から2017年までにIRAがフェイスブックで費やしたのが、わずか7万3,711ドルだったとしている。それ以前に分かっていたように、2016年の選挙前、ロシアにつながりのあるフェイスブック広告では、約4万6,000ドルが費やされていた。それは、クリントンとトランプの選挙陣営を合計したフェイスブック広告で費やされた8,100万ドルの、約0.05パーセントになる。最近グーグルが公開した、ロシアとつながりのあるアカウントが同プラットフォーム上で2016年に4,700ドルを使用したという話は、その費用がいかに微小であったかを強調するだけだ。研究者は、IRAの「アメリカの政治論に対する工作には、2,500万米ドルを超える予算があった」とも主張している。だがその数字は、IRAのアメリカ関連活動での費用を、ロシア国内でのソーシャルメディア活動を含む親会社の世界全体の予算と取り違えた、広く繰り返されている間違いに基づいている。
- 精巧さ:作戦の精巧さを疑うもう1つの理由は、単純に提供しているものを調べれば発見できる。選挙前のIRAのフェイスブック投稿で最もシェアされたのは、銃を持ったヨセミテ・サムの漫画だった。インスタグラムで最も受け入れられた画像は、イエスを信じるなら「いいね」するようユーザーに促すものだった。選挙前でヒラリー・クリントンに触れたIRAの投稿で最も良かったのは、選挙不正についての陰謀めいた長文だった。ロシアのソーシャルメディア投稿が2016年の選挙に影響を与えたことを強く確信する人たちは、その目的の達成に実際に貢献したと自分たちが考える投稿を、決して引用しないということが物語っている。そうした実際の投稿内容が、その理由を説明してくれるだろう。
- 秘密作戦かクリックベイト作戦か?:報告書は、洗練されたプロパガンダ運動を決して暴露することなく、ロシア人が実際はクリックベイト資本主義に携わっていたことを示すさらなる証拠を提供している。つまり、商業的な目的のために大勢の観衆を引き付けるように、アフリカ系アメリカ人や福音派キリスト教徒のような固有のターゲット層を狙ったということだ。IRAの特徴を描く記者は一般に、「ソーシャルメディア・マーケティング・キャンペーン」と表現してきた。IRAに対するモラーの起訴状は、同社がページ上で、通常25ドルから50ドルの範囲で「宣伝と広告」を販売していたことを明らかにした。オックスフォードは、「この戦略は政治と外国の陰謀のために考案されたものではなく、デジタル・マーケティングで利用されるテクニックに一致する」と述べている。ニュー・ナレッジは、IRAが「おそらく収入源を提供していた」商品、Tシャツ、「LGBT用の大人のおもちゃと、伝統的に保守的・愛国的なテーマの3枚続きや5枚続きの芸術作品」といった商品の販売も行っていたとしている。
- 「スパイの育成」:大人のおもちゃの宣伝が、どうして洗練された影響力作戦の要素に入るのだろうと疑問視されないように、ニュー・ナレッジの報告書は、「性行動」を利用することがアメリカにおけるIRAの「広範囲の」「スパイ採用戦略」の鍵を握る要素だったと主張している。「個人的弱みを利用することによってスパイを採用することは、時代を超えたスパイ活動である」と、報告書は説明している。この時代を超えたスパイ活動の最初の例は、「マスターベーション中毒で悩んでいる?私に心を通わせなさい。一緒に克服しよう」と言って落胆した若者を慰めるイエスを主役にした広告の例だ。この特定の方策でスパイを組織に入れることができたかは不明だ。だがニュー・ナレッジは、「こうした人材活性化の試みのいくつかで成功」したこともあったと報告している。それは正しい。つまり、IRAのオンライン・トロールは、2016年に口火を切った抗議活動で成功を収めたようだ。例えばフロリダでのことだが、「誰か参加したのかは不明」で、「少なくとも1カ所では誰も現れず」、他では「寄せ集めのグループが現れ」、それには8人の参加者が映った動画が撮影されたものが含まれていた。最も成功した取り組みはヒューストンでのものだったようだが、そこではロシアのトロールが、イスラム教センターの外で、12人の白人至上主義者を数十人の抗議活動家と衝突させる対決の集会を主催したとされている。
このデータ全てに基づいて、ロシアのソーシャルメディア活動についてこういう図式を描くことができる。ほとんどは2016年の選挙と無関係だった。極めて微細なリーチ、エンゲージメント、そして費用。そして内容の未熟さ、あるいは理不尽さだ。ニュー・ナレッジの報告書が認めるように、このことから導き出される避けがたい結論は、「工作の選挙に対する焦点は」、その活動の「ごく一部分でしかなかった」ということだ。彼らは、それが「ニュアンスを逃し、より多くの文脈付けに値する」と述べて、それを「正確な」話だとみなしている。その代わりに、選挙に対する焦点が非常に少ない未熟なソーシャルメディア工作が、少なくとも2016年の選挙戦を決定づけた可能性のある極めて重大な脅威として、広く描かれしまっていると考えるだけの価値はひょっとしたらあるのかもしれない。
そうすることで導かれる結論は、ロシアのソーシャルメディア活動とも関係なく、その影響を受けたとされる有権者とも関係ない。ロシアのソーシャルメディアの投稿が、黒人の投票を抑制したかもしれないという広まった推論を例に取ろう。ロシアのトロール工場が、ソーシャルメディアで黒人や他のターゲット層を騙そうとしたことは、全く卑劣だ。だがその取り組みを批判する中で、それが成功したとみなす根拠はない。――にもかかわらず、専門家がやっているのはまさしくそれだ。「(ドナルド・トランプがミシガンとウィスコンシンで)勝利したわずかな差、そしてそこにいる貧しい少数派の投票率を考えれば、ロシア人の有権者への抑制は、疑う余地のないものだったかもしれない」と、オバマの元アドバイザーであるデイビッド・アクセルロッドはコメントした。ニューヨーク・タイムズは、「黒人有権者の投票率は2016年に、大統領選挙で20年で初めて減少したが、それがロシアの活動の結果であるか判断するのは不可能だ」と露骨に述べている。
ロシアの活動が黒人有権者に影響を与えたこともあり得ると考えられるのは、むしろ驚くほどの家父長的態度と恩着せがましさを示すものだ。アクセルロッド、ニューヨーク・タイムズの記者、あるいは同様の筋書きを提案する他の人たちは、自分たち自身の投票が、ほとんど選挙と無関係なばかげたソーシャルメディアの投稿に、影響を受ける余地があるかもしれないと認めるのだろうか?そうでなければ、彼らが非常に影響を受けやすいとみなす人々に対する態度は、どういうことを意味するのだろうか?
ロシア人のソーシャルメディア投稿が選挙結果に影響した可能性を受け入れるには、ただ平均的有権者を見下す以上のことが必要となる。それには、小学生並みの論理、確立、そして算数を放棄することも必要だ。今、ありそうもないところからこの判定の裏付けが出た。ニュー・ナレッジの報告書が公開されて数日後、ニューヨーク・タイムズは、同社が2017年のアラバマ州の上院選挙で「秘密の実験」を実施したと報道した。内部文書によると、ニュー・ナレッジは「2016年の選挙に影響を与えたと現在理解されている(ロシアの)策略の多くを使用し」、共和党候補のロイ・ムーアが、ロシアのボットの支援を受けているという考えを宣伝する「入念な『偽旗』作戦」を実施することまでやっていた。作戦の副産物として、フェイスブックは5人のアカウントを停止したが、そこにはニュー・ナレッジのジョナソン・モーガンCEOも含まれていた。
ニューヨーク・タイムズは、プロジェクトの予算が10万ドルだったと暴露しているが、「選挙戦に十分な影響を及ぼすには少なすぎたようだ」としている。民主党のある選挙参謀も同意し、同紙に「10万ドルの工作で影響を及ぼすことは不可能だ」と話している。
アラバマ州の上院選挙の費用は5,100万ドルだった。ニュー・ナレッジの10万ドルの工作で2017年の州の選挙に影響を与えることが不可能だとすれば、どうすれば同等の――おそらくもっと安価な――ロシアの工作が、24億ドルの2016年アメリカ大統領選挙に影響を与えることができるのだろうか?
信じ難い気持ちが強まるのに加えて、ほとんど検知できないささいなソーシャルメディアの内容に固執することも、無数の深刻な問題をないがしろにしている。ジャーナリストのアリ・バーマンが辛抱強く指摘してきたように、2016年の選挙は「投票権法の完全な保護のない50年で最初の大統領選挙」であり、同法は1965年に、「法案成立以来で投票権の最大の後退の中で」実施されたものだった。ロシアのクリックベイトによって騙されたかどうかを熟考するのではなく、中西部の黒人有権者と実際に話した記者たちは、停滞気味の賃金、大きな不平等、そして蔓延する警察の蛮行の中での政治に対する幻滅が、多くの人を家に留まらせたことを発見した。
そしてそのことから、特にエリートたちが、ロシアの介入の脅威とされるものに非常に固執するおもな理由らしきものへとたどり着く。つまり、自分たち自身の失敗、また自分たちにエリートの地位を与えている制度の欠陥から、注意をそらしているのだ。選挙中、報道機関はドナルド・トランプに数十億ドルにも相当する放送時間を手渡したが、その理由は、今は辞任したCBSのムーンベスCEOの言葉を借りると、「アメリカにとって良いことではないかもしれないが、CBSにとってはすごく良いことで・・・。お金がどんどん入って来て愉快なことだ」というものだった。こうしたメディアは、その愉快なことを中断したいと考えず、大いにやる気を持って息を弾ませながらロシアゲートを報道し、盗まれた民主党のメールについて、パールハーバー、9・11、水晶の夜、そして「巡航ミサイル」にまで比較の対象を拡大させている。
リアリティー番組の司会者に大統領選挙で敗れたため、民主党指導部はほぼ間違いなく、ロシア・パニックをフル活用することに最もやる気を出している。彼らは要求し続ける。時計のように正確に、元クリントン陣営選挙部長のロビー・ムックは、上院の新報告書に飛びつくとこう警告した。「ロシアの工作員は、活動家を自分でも気づかないうちに共犯者に仕立て上げ、2020年予備選挙でも再び民主党を分断しようとするだろう」。ムックが「共犯者に仕立て上げる」というのは、おそらく2016年予備選挙で、DNC指導部がクリントン陣営と共謀してバーニー・サンダースに対して否定的だったことに抗議した、進歩主義の民主党員のことを指している。ムックは今ではおなじみとなった民主党の方策に従っている。つまり、党のエリート自身の行動の結果を、ロシアのせいにしているのだ。2018年初めに、トランプ陣営のデータ会社であったケンブリッジ・アナリティカをめぐる騒動が起きた時、ヒラリー・クリントンが「本当の疑問」として提起してこう述べた話が引用された。「ロシア人はどうやって自分たちのメッセージを、ウィスコンシン州やミシガン州、またペンシルベニア州の浮動票を有する人々に向けて、非常に正確に焦点を合わせる方法が分かったのでしょうか?」
実際は、ロシア人はこれらの3つの州で総計3,103ドルを費やしていたが、その微々たる合計の大部分は本選挙中のものですらなく、予備選挙中のものであり、ほとんどの広告は候補者についてのものではなく、社会問題に関するものだった。ウィスコンシン州(54)、ミシガン州(36)、ペンシルベニア州(25)をターゲットとした広告を合計しても、ブルーステート(民主党優勢)であるニューヨーク州の152回の広告を下回っている。また偶然にもウィスコンシンとミシガンは、クリントンが不名誉にも、また非常に危険なことに、選挙の最後の数カ月で訪問を避けた2つの州でもある。
ロシアの釣りの有用性は、エリートたち自身の失敗の責任を免除することを遥かに超えている。ハッキングされた文書で最近明らかになったのは、イギリス政府の義援機関が、「ロシアの偽情報に対抗する」という名目で世界的なプロパガンダ活動を行っていたことだ。インテグリティ・イニシアティブ(Integrity Initiative)として知られるプロジェクトは、イギリス外務省と、アメリカ国務省とNATOを含む他国の政府機関の資金で、軍情報局が実行している。共感した西側のジャーナリストと研究者の「一団」と緊密に活動し、すでに労働党の党首ジェレミー・コービンに反対するソーシャルメディア運動を実行しようとしている。同団体のツイッターアカウントは、コービンを「クレムリンの目標」を支持する「役に立つ間抜け」として描いた記事を宣伝し、広報部長のセウマス・ミルンを「クレムリンの議題に協調している」という疑惑で非難し、「コービンはプーチン問題に直面するために去るべき時だ」と述べた。
コービンの陣営は決して、この中傷戦術で標的にされた唯一の進歩主義勢力ではない。西側政府の支援する工作の一部であることが暴露されたことが、ロシアのソーシャルメディア活動への固執を新しい観点から検討するもう1つの理由である。サンクトペテルブルクのトロール工場の従業員が広めた偽情報が、アメリカの有権者に目に見える影響を与えたという兆候はない。反対に次々と浴びせかけられる主張は、しくじった政治エリート、怪しげな民間企業、正体のはっきりしない情報局員、また、クレムリンが「対立を招く」という不安を西側の大衆に植え付ける騙されやすい報道機関からの、比べ物にならないほど大きな大合唱という1つの要素だけだ。支配的な継承が実際の事実――とそれを煽る者の影響――からどれだけかけ離れているかを前提として、誰の偽情報が最も懸念に値するか自問してみることだ。
(アーロン・マテはThe Real Newsの司会者兼プロデューサーである。)