<引用元:ナショナル・レビュー 2019.4.13>アンドリュー・C・マッカーシー氏による寄稿
政府はロシアがウィキリークスの情報源だと法廷で立証するチャンスがあったはずだが・・・
民主党の盗まれたメールと内部資料が公開される前、ジュリアン・アサンジとウィキリークスはロシア政府のハッカーに「新しいネタ」を送るよう強く勧めた。
それが、ロバート・モラー特別検察官によるロシア情報局員に対する起訴状の中で我々に伝えられた話しだ。(私は彼らのことを「スパイ」と呼んで不興を買うようなことはしないつもりだ。――結局彼らは、自国の政府公認で電子的監視を行っていただけなのだから。そうだろう?)アサンジは、ウィキリークス(起訴状では「組織1」とされている)に「新しいネタ」を提供するほうが、「あなたたちがやっていることよりも、はるかに大きな影響力を持つ」だろうから安心して欲しいと伝えたという。――つまり、ハッキングして得た情報を他のルートに流すよりも大きな影響力、ということだ。
だがタイミングが最も重要だった。それは2016年初めのことだった。ヒラリー・クリントンがそこで食い止められなければ、目前に控えた民主党全国大会での成り行き次第で「彼女の背後にいるバーニー支持者が結束することになる」と、ウィキリークスは警告した。言うまでもないが「バーニー」とはバーニー・サンダースのことであり、まだ候補者となる可能性のあったライバルだ。しかし、もしアサンジとロシア人がバーニーの可能性を高めることができなければ、クリントン氏は確実に大統領に当選するだろう、とウィキリークスは説明した。「トランプがヒラリーに勝つ見込みはわずか25パーセントだと考えている・・・だからバーニーとヒラリーの対決は興味深い」
要するに、ロシアがDNC(民主党全国委員会)とおそらくクリントン自身をハッキングする能力を持っていると知っていたので、ウィキリークスは新しいネタを準備するよう呼び掛けて、それが最大限に世間の注目を集めるように協力することを約束したということだ。必然的に、クリントンを貶めたいという願望はサンダースにとって利益を生むことになる。そして実際、ウィキリークスは最終的にロシア情報局がハッキングした何万通もの民主党のメールを公開した。
ところで・・・私にはいくつか疑問がある。
ウィキリークス、モスクワ、そしてバーニー・サンダース
まず、なぜサンダース=ロシアに対する捜査がなかったのか?オバマ大統領が、過度に政治的なジョン・ブレナンCIA長官にロシアの影響力工作活動に関するレポートを急いで出すよう指示した時、サンダースが民主党大統領候補となるよう協力するというウィキリークス=ロシアの方針について、なぜ我々は耳にすることがなかったのか?我が国の情報局の読心術者が、プーチンがトランプを応援していると確信しているということについて、ブレナンとその他の人々は十分に説明することができなかった。なぜ共謀者たちが「フィール・ザ・バーン(バーニー・サンダースを支持するという意味の支持派の間での合言葉)」していたことについては何もないのか?
誤解しないで欲しい。私はサンダース上院議員に対する刑事捜査の根拠があるとは思っていない。だが、ドナルド・トランプに対する「共謀」捜査で犯罪と断定できるものはなかったようであり、クリントン陣営がスポンサーとなったスティール文書(クリストファー・スティールでさえそうでないと認めているものを「証拠」と呼べるなら、だが)で提示されたもの以外、プーチン政権のハッキングでトランプが共謀したという周知の証拠も1つもなかったようだ。それなのにトランプは2年以上の間捜査を受けた。――トランプがモスクワの背信から利益を得ていたというクモの糸のように軽薄な理論に基づいて。
言うまでなく、誰の利益になるのかというこの主張は、トランプのロシアとの、犯罪ではないとしても興味深いつながりとされた話によって誇張された。ところが私の知る限りでは、スティール「伝承」の「伝説上の」おしっこビデオは見つかっていない。陰謀に関して、バーニーがソ連でシャツを脱いで酔っ払って騒いでいた動画に匹敵するような、トランプの写真はありそうにないということだ。それがあれば間違いなく、FISA令状4つ分の価値はあったはずだったのだが。
もっと深刻な疑問がある。なぜアサンジはクレムリンとの犯罪の共謀に対して起訴されなかったのか?――つまり、モラーはアサンジが協力し合っていたとしているロシア工作員を起訴したが、それと同じハッキングの共謀のことだ。米国大統領が、有罪にはなっていないが、3年近くもFBIに綿密な捜査を受けたのと同じ共謀容疑ではないのか?
アサンジ起訴:根拠弱く時効の可能性も
司法省がまとめたアサンジの起訴状で最も特筆すべきことは、それがとても不十分で根拠に乏しいということだ。何年も遡り、「ロシアとの共謀」は無視して、検察官は1つのサイバー窃盗罪のみを訴えている。つまり、アサンジとブラッドリー(現在はチェルシー)・マニングが共謀して米国の国防機密を盗んだことだ。この犯罪単独では懲役なしか最大でもわずか5年の懲役(起訴を避けるためにアサンジがロンドンのエクアドル大使館で潜伏して過ごした7年よりも大幅に短い)で罰し得るものだ。
これは非常に奇妙だ。アサンジの共謀相手であるマニングは、複数の諜報法違反の重罪で有罪判決をすでに受けた。――アサンジの起訴状で、ウィキリークスがマニングの犯行を手助けしたとしている重大な犯罪だ。・・・が、司法省はアサンジに対してはその罪を訴えていない。
なぜか?おそらく諜報法違反は時効だからだ。そのことから、アサンジは米国の法廷に立つことはないのではないかという可能性――ことによるともっと高い公算――に行きつく。
11日に指摘したように、2010年に検察が起訴したアサンジ=マニングのサイバー窃盗共謀は、連邦犯罪の標準である5年の時効を越えている。起訴状が出された2018年の時点ですでに時効になっていた。事件を復活させるためには、司法省は英国と米国の両方の裁判官に、この比較的軽微な共謀罪が実は、3年間の時効延長をもたらす「テロリズムの連邦犯罪」であると納得させる必要がある。
何らかの理由から、時効延長――第2332b条(g)(5)(B) ――は、刑法1030条のサイバー窃盗罪に対しては3年の延長を適用できるとされているが、793条の諜報法違反には適用できない。とはいえ司法省のサイバー窃盗罪の訴えが、時効延長に当たるという話には私は懐疑的だ。検察官は1030条のサイバー窃盗罪で訴えておらず、1030条違反を犯すことを共謀したとして(371条において)訴えた。それは同じことではない。通常は、ある犯罪に対する言及がその犯罪を犯すための共謀も含むと解釈されるべきであると議会が意図する場合、そう書かれる。時効延長の法令にはそのようには書かれていない。
なぜ検察官の持つ卵を全て、それほどまで壊れそうなカゴの中に入れるような真似をするのか?
モラーによる、ロシア当局者のハッキング罪起訴を保護
英国は友好的な同盟国だが、裁判所に米国の刑事訴訟のために人を引き渡すようにさせることは、骨の折れる手続きであり、強い根拠がある事件であっても結果は不明確だ。司法省はこれを知っているが、起訴状ではロシア共謀――時効問題のない2016年の犯罪――で訴えないことにした。なぜか?英国に被告を送還して欲しいなら説得力のある説明をする必要がある。なぜ明白で重大な訴えを編集室の床に置きっぱなしにしておくのか?我々は2年以上も、アサンジがロシア工作員と共謀したと聞かされてきた。そしてモラーはそのロシア人工作員12人を重罪で起訴した。ではなぜアサンジは、少なくともこうした重罪の中のどれかで起訴されないのか?
疑似ジャーナリストであるため、アサンジにはそうした訴えについて憲法修正第1条で保護される可能性があるのではないか、と司法省が心配しているという意見もある。だが、それならなぜマニングとの共謀を起訴するのか?アサンジが有罪だとする理論は、ロシア共謀とマニング諜報法違反の両方の場合と同じだ。ウィキリークスの責任者は単に、機密情報を公表するジャーナリストというだけではない。機密情報の窃盗を支援、教唆、助言、誘導し、情報を調達していた。窃盗における共謀は報道の自由の主張を全て破棄し、情報を盗むのに憲法修正第1条の権利はないと司法省が考えているのは明白だ。
これが司法省の立場であるなら、なぜ2016年の「共謀」についてもアサンジを起訴しないのか?私が皮肉屋だとしたら(決してそんなことはない!)、政府はモラー特別検察官によるハッキングしたロシア人の起訴に、異議が申し立てられるのを望んでいないのではないかと疑うだろう。
これまで説明してきたように、モラーも繰り返していたが、民主党のメールアカウントのハッキングの背後にロシアがいたとする情報機関の結論を私は受け入れている。それでもなお、(a)可能性に基づいて情報機関の結論を受け入れることと、(b)刑事事件で合理的な疑いを越えた重要な事実を証明することには大きな違いがある。
情報機関の評価は正当であるかもしれないが、モラーが陪審に証明しなければならない訴訟事件では問題がある。最も明白なことを言おう。司法省とFBIは、ハッキングを受けたサーバーを押収し、それに対して独自の科学捜査分析を実施するといった、初歩的な操作手順を踏んでいなかった。その代わり彼らは、ロシアに責任を擦り付けるだけの強い動機を持つ、DNCが雇ったクラウドストライク社に依存したのだ。
モラーチームは、ロシア人の被告がハッキング容疑について米国の法廷で審理されることはないと分かっていた。起訴は告発の手段というよりも、プレスリリースのようなものだった。それはハッキングに関して最後の言葉となる運命だった。つまり、一流の米国検察官が公表する権威ある出来事の説明であり、有能な弁護士から異議を申し立てられることは決してない。重要な点は、一部の元情報局員と熱烈なトランプ支持者からの「ロシアがやったと本当に分かっているのか?」というイライラさせる問いを始末することだった。
だが今・・・アサンジが出てきた。彼はいつもロシアがウィキリークスの情報源ではないと主張していた。私は彼を信じていない。彼のことは意図した、モスクワの反米ツールと見なしている。しかし、残念なことにトランプ支持層の中には――全てではなく一部に――、アサンジが米国の国家安全保障プログラム、インテリジェンス手法、防衛戦略、外交情報を暴露した時に、多くのリバタリアンと左翼が彼を歓迎したのと全く同じように、アサンジを奇妙な同志として奉っている人たちがいる。こうしたトランプ支持者たちは、ロシアに責任があるということに疑問を投げかけることでトランプの潔白が証明されるのだと自分に言い聞かせている。――ロシア(とアサンジ)が行ったことに関わらず、特別検察官はすでにトランプを無罪放免にしたというのに、だ。
それ故に、アサンジは、モラーが主張したロシア人のハッキング共謀の罪で起訴されたら、そして米国に連れて来られて裁判を受けることになれば、民主党のメールはロシアの情報機関から得たものではないと主張するだろう。被告人は何も証明する必要がないということを忘れてはならない。つまり、ロシアの潔白を立証するのはアサンジの責任ではなく、司法省のほうがロシアに罪があると証明しなければならなくなるのだ。
アサンジのファンは、彼がモスクワの潔白を証明しようとする取り組みを大いに喜ぶだろう。実際に、アサンジがモラーによるロシア当局者のハッキング罪での起訴に異議を唱えなくても、トランプ支持者の中にはロシアの犯罪であるということに疑問を投げかけた者もいた(例えばこちらやこちらで)。また、異議を唱えている情報機関出身者のグループは、クラウドストライク社の分析に不備があると主張し続けるだろう。
まとめよう。司法省がアサンジを共謀罪で起訴していたら、モラーによる、ロシア当局者のハッキング罪での起訴はもはや確固たるものとしておくことはできなくなるだろう。アサンジはロシアがハッキングの背後にいることを否定し、検察官はそれを証明しようとしなければならなくなる。確かな、証拠能力のある法廷の証拠を用いての立証であって――正体を明かすこともなく、証人として呼ぶこともできない極秘の情報源でもだめだし、インテリジェンスの材料を裏付けるには十分に信頼できても法廷の適正手続きの基準では認められない他の情報でもだめだ。検察官が、ロシアが有罪であることを陪審が満足できるように立証できなければ、たとえ――私はそう信じるが――ロシアが本当に有罪であるとしても、クレムリンにとってプロパガンダ的大勝利となるだろう。
1つにはこういう理由で、ロシアの情報局員を起訴したことは間違いだった。起訴は決して権威を持った声明とはならない。それは申し立てでしかなく何も証明しない。我々はここで何が起きたかを知る必要はない。起訴状には、2017年1月に公開された情報機関の評価によってまだ知らされていなかった重大な内容は、何も書かれてない。
敵対国は安全保障上の課題であって、法執行機関の問題ではない。彼らは自国の当局者を米国の法廷に引き渡す必要はないのだから、起訴は無意味なジェスチャーだ。だが今、ロシアに対してアサンジの関与する容疑の起訴を行っておきながら、政府は同じ容疑をアサンジに掛けることにしり込みしている。――起訴されたロシア当局者と違って、彼が立証責任を負わせる立場に立つ可能性があるからだ。このためロシア人に対するモラーの起訴は、真剣な申し立てというよりも宣伝行為のように見える。政府がロシアに対する訴えを法廷で争うことを恐れているなら、人々は当然ながらその訴えは誇大な宣伝だと思うだろう。
その一方でこれを忘れないでおこう。モスクワのハッキングに加担したという証拠が不足しているにもかかわらず、トランプ大統領は司法省とFBIによって強制され、民主党議員に急き立てられて、2年間の捜査に耐えつつ、自身がクレムリンの諜報員だという疑いをかけられながら政権運営を強いられた。今アサンジの番になり、彼にはハッキング共謀の疑う余地のない証拠があるが、司法省はその容疑で起訴するのを拒否している。――その代わりに、多分時効となる可能性のある曖昧なマニングとの共謀を事実と仮定している。
どういうことなのだろうか?